3年悼んだ息子は、親友をママと呼んだ

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3年悼んだ息子は、親友をママと呼んだ

GoodNovel 完結

3年前、私は難産の末に子供を失った。高瀬直人(たかせ なおと)は分娩室の外で泣き崩れ、膝をついていた。 それから3年、彼は何くれとなく私を気遣ってくれた。 それなのに、出産ミッションの進捗は99%から動かない。 もう達成できないのだと思っていた。 子供の命日、墓参りの帰りにふと思い立って海辺へ向かった。気晴らしに歩いていると、小さな男の子が私の脚にぶつかってきた。 「大丈夫?パパとママはどこ?」 男の子は起き上がると、私の手を振り払って駆けていった。 その先を目で追い、私は凍りついた。 ヤシの木の下。ビーチチェアに寝そべった直人が、飛び込んできた男の子を笑顔で抱き留めていた。 「パパ!ママ!」 その子が笑ってママと呼んだ相手は、私の親友、藤代美緒(ふじしろ みお)だった。 隣には私の両親までいて、ココナッツジュースを手に男の子の相手をしている。 「悠真(ゆうま)、おいで。おばあちゃんが抱っこしてあげる!」 父はジュースをひと口飲むと、ため息をついた。 「紗季(さき)は、また墓参りか。あの子が知ったらなあ。悠真が実は……」 「お義父さん!」 直人は父を遮り、悠真の耳をふさいだ。 「この子は、紗季が美緒に償うための子なんです」 手のひらに爪を食い込ませた。信じられず、何度もまばたきをした。 久しく聞いていなかった、冷たい電子音が耳元に響いた。 (ユーザー様、確認が取れました。この子は、あなたが産んだ子供です…… 出産ミッションの達成を確認しました。この世界から離脱しますか?)

チャプター (1)

第1章

3年前、私は難産の末に子供を失った。高瀬直人(たかせ なおと)は分娩室の外で泣き崩れ、膝をついていた。 それから3年、彼は何くれとなく私を気遣ってくれた。 それなのに、出産ミッションの進捗は99%から動かない。 もう達成できないのだと思っていた。 子供の命日、墓参りの帰りにふと思い立って海辺へ向かった。気晴らしに歩いていると、小さな男の子が私の脚にぶつかってきた。 「大丈夫?パパとママはどこ?」 男の子は起き上がると、私の手を振り払って駆けていった。 その先を目で追い、私は凍りついた。 ヤシの木の下。ビーチチェアに寝そべった直人が、飛び込んできた男の子を笑顔で抱き留めていた。 「パパ!ママ!」 その子が笑ってママと呼んだ相手は、私の親友、藤代美緒(ふじしろ みお)だった。 隣には私の両親までいて、ココナッツジュースを手に男の子の相手をしている。 「悠真(ゆうま)、おいで。おばあちゃんが抱っこしてあげる!」 父はジュースをひと口飲むと、ため息をついた。 「紗季(さき)は、また墓参りか。あの子が知ったらなあ。悠真が実は……」 「お義父さん!」 直人は父を遮り、悠真の耳をふさいだ。 「この子は、紗季が美緒に償うための子なんです」 手のひらに爪を食い込ませた。信じられず、何度もまばたきをした。 久しく聞いていなかった、冷たい電子音が耳元に響いた。 (ユーザー様、確認が取れました。この子は、あなたが産んだ子供です…… 出産ミッションの達成を確認しました。この世界から離脱しますか?) 第1話 頭の奥がじんと鳴り、その場から動けなくなった。 「パパ、ママ。さっき助けてくれたの、このおばさんだよ」 悠真に手を引かれて、直人と美緒がやってくる。私を見るなり、2人の笑顔が消えた。 「紗季……」 直人は明らかに動揺し、とっさに悠真を自分の後ろへ隠そうとした。 涙がこみ上げた。 「隠さないでよ、直人。説明してくれないの?」 彼は大きく息を吸った。 「知られたからには、もう隠さない。そうだよ。悠真は君が産んだ子だ。あのとき、僕が嘘をついた」 美緒は唇を真っ白にして、悠真の手を握り締めていた。 「紗季、直人を責めないで。全部、私が悪いの」 そう言うなり、美緒は悠真の背中を押した。 「悠真、行って。あっちが本当のママなの」 悠真がわっと泣きだした。 「やだ!あのおばさんはやだ!ママだけが好きなの!ママ、悠真を捨てないで!」 悠真は美緒の手を離さず、美緒も彼を抱き締めて泣きじゃくっていた。 両親には、私が2人を無理やり引き離そうとしているように見えたらしい。 「紗季!」 母が駆け寄り、美緒をかばうように前に立った。 「この2人を引き離すなんて許さないわよ。お父さんも私も、これでいいって決めたんだから!」 声が震えた。 「じゃあ、みんな知ってたの?」 母は気まずそうにせきをして、視線をそらした。 「もとはといえば、あなたのせいでしょう。スキーで事故に遭ったあなたを助けて、美緒は体を冷やしてしまったの。そのせいで、もう一生子供を産めないのよ。あなたの子を育てるくらい、当然じゃない?」 当然? でも、美緒が子供を産めなくなったのは、大学時代の中絶が原因だったはずなのに。 美緒は後ろめたそうに唇をかみ、私を見ようとしない。 私が黙っているのを、母は納得したのだと受け取った。 「もう3年もたつんだから、今さら言わないの。あなたと直人は、また子供を作ればいいでしょう。この3年、私たちは毎週悠真に会いに来てたのよ。美緒は優しいし、よく気がつくわ。泣いてばかりのあなたより、ずっと上手に育ててくれてる」 父も満足げにうなずいた。 「美緒は私たちにもよくしてくれる。もう娘だと思っているんだ。紗季も妹ができたと思えばいい。悠真のことは、どうしても諦められないなら、甥っ子としてかわいがればいいだろう」 幸せそうにまとまる家族を前に、体の芯まで冷え切っていく。 震える笑いが漏れ、涙がこぼれた。 「命がけで産んだ子は美緒の息子にして、私の夫は美緒を妻扱いして、実の両親まで美緒を娘にするの? この3年、私のことを何だと思ってたの!どうして、もっと早く教えてくれなかったの?」 全身を震わせながら、美緒を指さした。 「私が毎日毎日、苦しくて壊れそうになってた間、さぞいい気分だったでしょうね!」 「紗季!」 直人が眉をひそめ、私をとがめるように見た。 「美緒は関係ない。責めるなら、僕だけを責めてくれ!」 喉に血の味がこみ上げる。壁に手をついてどうにか体を支え、心でシステムを呼び出した。 (離脱する。もう1秒だって、ここにいたくない!) 第2話 システムが点滅した。 (離脱経路を開きました。72時間後、死亡してこの世界から離脱します) 悠真の見覚えのある顔立ちを見つめていると、どうしても諦めきれなかった。しゃがんで手を差し出す。 「悠真、私が本当のママなの。一緒に来てくれる?」 悠真が小走りで近づいてきて、私は思わず笑顔になった。 次の瞬間、彼はそばにあったおもちゃをつかみ、私の顔にたたきつけた。 「パパを取るな!ママは1人だけだ!この悪い女、死んじゃえ!」 頬が赤く腫れる。美緒は慌てて悠真を抱き上げた。 「紗季、わざとじゃないの。たたかないであげて」 母まで、悠真を守るように私を突き飛ばした。 「まだ小さいのに、本当の母親だなんて、どうしてそんなことを言うの!」 悠真は美緒の胸に顔を埋めて泣き叫び、なだめても泣きやまなかった。 しびれを切らした直人が、私の手をつかんで引っ張っていく。 「君を見ると泣くんだ。先に帰ってくれ!」 直人は通りかかったタクシーを止め、私を押し込んだ。 バックミラーに、2人で慣れた様子で悠真をあやす姿が映る。涙が頬を伝った。 家に帰ると、もともと少ない荷物をまとめ始めた。クローゼットからアルバムが落ちてきて、開いてみる。 悠真が生後1か月の頃、1歳の誕生日、その後の誕生日、お正月…… どの写真でも直人と美緒が悠真を抱き、その両側に父と母が立っていた。裏には【家族写真】と書かれている。 十数枚の写真に、四季折々の家族が収まっていた。 この家で何も知らなかったのは、私だけだった。 視界がかすみ、泣くまいと唇をかんだ。アルバムの奥に隠されていたUSBメモリーを、震える手でパソコンに挿し、動画を再生する。 結婚行進曲が流れた。頭の中が真っ白になる。 画面の中の直人は美緒の手を取り、私の実家の屋敷の前に立っていた。両親が壇上であいさつしている。 「美緒が小さい頃から、私たちはずっと見守ってきました。これからは直人と、幸せになってほしいと思います」 映像が控室に切り替わる。美緒が不安そうに尋ねた。 「ねえ、直人。紗季、帰ってこないかな?」 直人は優しくほほえみながら、美緒にベールをかけた。 「帰ってこないよ。今日は墓地に行ってる。丸1日いるはずだから」 私は慌てて一時停止した。画面に表示された式の日付は、去年の息子の命日だった。あの日、私は朝早く家を出た。 息子の墓の前で、私が1日中泣いていたとき。この2人は結婚式を挙げていたのだ。 アルバムが床に落ち、ドアが開いた。 散らかった床を見るなり、直人が怒りをあらわにした。 「紗季!悠真の写真にまで八つ当たりすることないだろう!」 私は彼をにらみつけた。憎しみで、目の奥が熱い。 「どうして?どうして私にこんなことができるの!私がどれだけ苦しんでるか知ってて、自分たちだけ幸せならそれでいいの?」 直人はパソコンの画面に気づき、途端に勢いを失った。 「僕は……」 髪を乱暴にかき回し、近づいてきて私の手をつかんだ。 「もう済んだことじゃないか。知らなかったことにできないのか? 美緒の、花嫁になりたいっていう願いをかなえただけだよ。僕が一番愛してるのは君なんだ!悠真は美緒に預けて、僕たちはまた子供を作ればいい!」 そう言いながら私を抱き上げ、ベッドに乱暴に下ろした。そのまま、私に覆いかぶさってきた。 パシン、と彼の頬をたたいた。 直人は頬を押さえ、信じられないという顔で私を見た。 「僕をたたいたのか?」 彼を押しのけた。心に残っていた最後の期待も、もう消えていた。 「直人、離婚しよう」 第3話 直人は頬を押さえたまま、離婚、とつぶやいた。それから、鼻で笑った。 「腹立ちまぎれにそんなこと言うなよ。美緒と僕は、本当に君が思ってるような関係じゃない」 話しだしたところで、直人の携帯がけたたましく鳴った。 「高瀬さんのお電話でしょうか。汐丘総合病院ですが、藤代美緒さんが今、こちらに……」 最後まで聞きもせず、直人は家を飛び出した。 その背中を、冷めた目で見送った。 システムが反応する。 (離脱まで、残り48時間です) …… 夜になっても、直人は帰ってこなかった。 うとうとしていた私は、夜中、煙にむせて目を覚ました。部屋中に火が回っている。 「助けて――!」 ドアに飛びついたが、ノブを回しても開かない。必死に扉をたたいた。 「お父さん!お母さん!悠真!みんな無事なの?」 不意に、扉の向こうから悠真の声がした。 「なんで僕を連れていこうとするんだよ!なんでママを悲しませるの!悪い女なんか、燃えて死んじゃえ!ママの仕返しだ!」 ドアの隙間から、悠真が見えた。外に立ち、憎しみを込めた目でこちらを見ている。 「火をつけたの、悠真なの?」 目を見開いた。 悠真は得意げだった。 「どうせ、おばさんなんか誰も好きじゃないもん。燃えて死んじゃえばいい!おばさんが悪いんだから!」 煙が喉の奥まで入り込む。私は床に膝をつき、激しくせき込んだ。 システムが激しく点滅した。 (ユーザー様、もう少し耐えてください。直人様が戻ってきました!) 間もなく、ドアが蹴破られた。直人が飛び込んできて、消火器が床に転がる。私を抱き締める腕が震えていた。 再び目を開けると、白一色の景色が広がっていた。 ベッドのそばで、直人が眉間をもんでいる。ひどく疲れた顔をしていた。 「気がついた?医者に診てもらったけど、大したことはないって」 彼が水の入ったコップを差し出した。 「悠真のことは責めないでやってくれ。わざとじゃないんだ。君に連れていかれるのが怖かっただけだよ」 かすれた声を絞り出した。 「わざとじゃない?私を焼き殺そうとしたのよ。こんな子に育てた美緒には、責任がないとでも言うの?」 直人の顔がさっと険しくなった。 「もういい!結局、美緒の育て方が悪いって言いたいんだろう?」 彼は勢いよく立ち上がった。 「今日、君が一緒に来るかなんて聞かなきゃ、悠真だってあんなことはしなかった!」 彼を見つめるうち、言い返す気力さえなくなった。何を言っても、直人は聞こうとしない。 「帰って。もう疲れたの」 目を閉じて拒んだのに、直人はいつまでも動かなかった。 突然、彼が私の手首をつかんだ。 「美緒が急性白血病だって分かったんだ」 すがるように私を見つめ、かすれた声で続けた。 「君が意識を失っている間に、医者に適合検査を頼んだ。君なら、美緒のドナーになれる可能性が高いそうだ。紗季、彼女を助けてくれないか?」 第4話 私は手を振りほどき、信じられない思いで彼を見た。 「私の結婚生活を壊した不倫相手を、私に救えって言うの?」 直人はうつむき、前髪で目を隠したまま、かすれた声を出した。 「君には悪かったと思ってる。でも、美緒はまだ若い。悠真からママを奪うわけにはいかないんだ。助けてくれるなら、何でもする!」 涙がこみ上げた。直人がここまで頭を下げる姿なんて、見たことがない。それが、美緒のためだなんて。 「出ていって。不倫なんかするから罰が当たったのよ!」 パシン、と頬を打たれた。 たちまち頬が熱を持つ。私はまばたきをし、直人もぼうぜんと立ち尽くした。 「ごめん、紗季!わざとじゃないんだ!」 彼が私の手をつかむ。私は我を忘れ、何度も彼の頬をたたいた。直人は抵抗しなかった。 ようやく私の手が止まると、彼は唇を震わせた。 「美緒は、不倫相手じゃない」 携帯で写真を開き、私の前に放り出す。婚姻届受理証明書の隣に、離婚協議書が写っていた。そこには、私の署名まであった。 「悠真の戸籍のために、3年前、君とは離婚したんだ。美緒との婚姻届も、もう受理されてる」 喉が詰まった。 「何を、言ってるの?」 直人は私をまっすぐ見られなかった。 「不倫相手というなら、君のほうだ」 携帯を握る手が震えた。写真を何度も拡大しては戻す。 直人から目を離せないまま、信じられずにベッドへ倒れ込んだ。 涙が枕をぬらす。笑っていたはずなのに、いつの間にか泣いていた。 「直人、絶対に後悔するから。こんなことをして、ただで済むと思わないで」 手のひらに爪が食い込み、血がにじんだ。心の中でシステムに尋ねる。 (どうやって死ぬか、自分で選べる?) できるという返事を聞き、私は直人を見た。 「分かった。提供する」 直人は勢いよく私の手を握った。目が赤くなっていた。 「紗季、やっぱり僕を愛してくれてるんだね!安心して。美緒を助けるのは、これで最後にする。手術が終わったら、もう彼女とは会わない。これからは、2人だけだ」 彼の目を見つめた。 「ただし、条件があるの。 子供をすり替えたのも、不倫したのも、全部あなたが悪かったんだって、自分の口で認めて。そうしたら、彼女を助ける」 断ると思っていたのに、直人はためらいもせずうなずいた。 「分かった!助けてくれるなら、何だってする!」 私は歯を食いしばり、彼を追い出した。 「システム、提供のために乗った手術台で死にたい。自分で私を死に追いやったんだって、思い知ればいい」 手術の前夜。 隣の病室から、直人の笑い声が聞こえてきた。悠真をあやし、美緒を笑わせている。父も母も一緒だった。 「紗季が適合してよかったわ。これで、あなたに恩を返せるものね」 私は手の中のブレスレットをなでた。悠真を身ごもっていた頃、山の神社で授かった、無事を祈るお守りだった。 ためらわず、ごみ箱に捨てた。 しばらくすると、携帯に次々とメッセージが届いた。友人限定のSNSを開くと、直人が謝罪文を投稿していた。 【全部、僕が悪かった。家族を壊したのも、紗季を傷つけたのも僕です……】 同じ文が公開SNSにも投稿されていて、友人たちから心配する連絡が相次いだ。 でも、恨みを晴らした喜びはなかった。何も感じなかった。 やがて病室のドアがノックされた。母が入ってきて、弁当箱をテーブルに置いた。 「好きな料理を作ってきたから、食べなさい」 昔は私のために、先生とだって言い争ってくれた母。その顔を見ていると、苦い思いが心いっぱいに広がった。 「お母さん、もし私が死んだら……」 「何言ってるの!」 母は私を何度か強くたたいた。 「死ぬだなんて騒がないの!どうせ提供したくないだけでしょう。 一度引き受けたんだから、今さら嫌だなんて言わないで! 分かったわよ。これからはお父さんも私も、美緒とは少し距離を置くから」 父もため息をついた。 「これからは、直人と仲よくやるんだぞ」 システムがまた点滅した。 (離脱まで、残り12時間です) 翌朝10時、看護師が迎えに来た。 手術室へ運ばれる直前、直人が私の手をぎゅっと握った。 「戻ってきたら、今度こそうまくやっていこう」 手術室のランプがつく。まぶしい照明を見つめているうちに、意識が遠のいていった。 ほどなくして、看護師の叫び声が上がった。 「先生、血圧が下がっています!大量出血です!ショック状態です!すぐにアドレナリンを投与できるよう、ルートの確保をお願いします!救命処置をお願いします!」 意識のはざまで、システムの電子音を聞いた。 (離脱プログラムを開始します。5、4、3、2、1――) 心電図モニターの警報が鋭く鳴り響いた。 私の魂が、体から浮き上がった。 …… 手術室の扉が開き、看護師が飛び出してきた。 「高瀬紗季(たかせ さき)さんのご家族はいらっしゃいますか!」 直人が駆け寄った。 「出血によるショック状態で、非常に危険です。今、救命処置を行っていますが、最悪の事態も覚悟しておいてください」

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