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愛は檻の中で死んだ
結婚式で、私・白石栞(しらいし しおり)は、ブライズメイドから誓いの指輪を受け取ったばかりだった。 まだ指輪を交換してもいないのに、神宮寺恭弥(じんぐんじ きょうや)は突然、司会者からマイクを奪った。 「はい、花嫁ごっこはここまで。これからはおとなしく愛人に戻れ」 驚いて顔を上げたものの、何が起きたのか理解できなかった。 すると、ついさっき指輪を運んできたブライズメイド――恭弥がただの親友だと言っていた桐島真奈(きりしま まな)が、親しげに彼の腕に自分の腕を絡めた。 「もう、恭弥ったら。こんなに早くばらしちゃうなんて。この子、さっき控室で私にお礼を言ってたのよ。『今まで恭弥の面倒を見てくれてありがとう。子どもが生まれたら、その子の名前をあなたに決めて欲しい』って」 頭の中が真っ白になり、涙が反射的にこぼれた。 恭弥は愛おしそうに私の頬をつまんだ。 「栞、泣くな。泣いてるお前がかわいすぎて、また騙したくなる。真奈は心が広い。お前がおとなしく言うことを聞くなら、そばに愛人として置いてやってもいいそうだ」 視界が何度も暗くなった。 そこでようやく分かった。 恭弥がただの親友だと言い張っていた真奈は、最初から彼の婚約者だった。 この結婚式の本当の花嫁は、彼女だったのだ。
チャプター (1)
第1章
結婚式で、私・白石栞(しらいし しおり)は、ブライズメイドから誓いの指輪を受け取ったばかりだった。
まだ指輪を交換してもいないのに、神宮寺恭弥(じんぐんじ きょうや)は突然、司会者からマイクを奪った。
「はい、花嫁ごっこはここまで。これからはおとなしく愛人に戻れ」
驚いて顔を上げたものの、何が起きたのか理解できなかった。
すると、ついさっき指輪を運んできたブライズメイド――恭弥がただの親友だと言っていた桐島真奈(きりしま まな)が、親しげに彼の腕に自分の腕を絡めた。
「もう、恭弥ったら。こんなに早くばらしちゃうなんて。この子、さっき控室で私にお礼を言ってたのよ。『今まで恭弥の面倒を見てくれてありがとう。子どもが生まれたら、その子の名前をあなたに決めて欲しい』って」
頭の中が真っ白になり、涙が反射的にこぼれた。
恭弥は愛おしそうに私の頬をつまんだ。
「栞、泣くな。泣いてるお前がかわいすぎて、また騙したくなる。真奈は心が広い。お前がおとなしく言うことを聞くなら、そばに愛人として置いてやってもいいそうだ」
視界が何度も暗くなった。
そこでようやく分かった。
恭弥がただの親友だと言い張っていた真奈は、最初から彼の婚約者だった。
この結婚式の本当の花嫁は、彼女だったのだ。
第1話
「おめでとうございます。神宮寺社長と桐島さんも、ついに今日という日を迎えましたね」
招待客の一人がグラスを手に立ち上がり、笑顔でこちらに掲げた。
「白石さんも、そう落ち込まないで。神宮寺社長に気に入られて、愛人にしてもらえるだけでも幸せでしょう」
あちこちから笑い声が湧き起こった。
「いやあ、神宮寺社長も趣味が悪い」
「この子、まだ大学生だろ。こんな余興、見たこともないだろうな」
私はその場に立ち尽くした。身にまとっているのはウェディングドレスなのに、大勢の前で裸にされ、見世物にされているようだった。
今日ここへ来た人間は、私を除いて全員が真相を知っていたのだ。
恭弥はスーツの内ポケットからカードキーを取り出し、私の手のひらに押し込んだ。
「いい子だから、マンションで待ってろ。式が終わったら会いに行く」
彼は顔を寄せ、吐息が耳に触れるほどの距離から、二人にしか聞こえない甘い声で囁いた。
「約束しただろ。式の翌日は、ベッドから起き上がれないほどかわいがってやるって」
私は呆然と立ち尽くした。
悔しさと屈辱が波のように胸へ押し寄せ、息が詰まった。
「どうして?」
涙をこらえながら、まっすぐ彼の目を見つめた。
「私を好きじゃないなら、そう言ってくれればよかった。どうして、こんなふうに私を辱めるの?」
恭弥はそんな私を見て、いっそう慈しむように目を細めた。
目尻の涙をそっと拭い、優しく言った。
「栞、好きじゃないなんて言ってない。お前は本当に純粋で、かわいい。だから、俺に一途なお前が、騙されていたと知って打ちのめされる姿を見るのが好きなんだ」
全身の血が一瞬で凍りついた。
私は信じられない思いで恭弥を見た。まるで、初めて見る人のようだった。
昨夜、彼が自らドレスの試着を手伝ってくれた姿を、そのときもはっきり覚えていた。
後ろから私の腰を抱き、甘やかすように言ったのだ。
「栞、知ってるか?初めて会ったとき、この子はウェディングドレスが似合うだろうなって思った」
頬を赤らめた私は尋ねた。
「じゃあ、今は?」
彼は笑って、私の耳たぶに口づけた。
「想像してたより、ずっときれいだ」
いつの間にか、真奈がそばまで来ていた。
彼女はすでに、私のものよりさらに豪華なウェディングドレスに着替えていた。
恭弥の肩を親しげに叩き、からかうように言った。
「もうその辺にして、恭弥。泣かせちゃかわいそうよ。栞はまだ若いんだから」
そして私に向き直り、穏やかに微笑んだ。
「安心して。私、心の狭い女じゃないの。言うことさえ聞いてくれれば、これからも不自由はさせないわ」
全身が震え、握り締めた指は感覚を失いかけていた。
深く息を吸い、静かに告げた。
「愛人にはならない」
ほのかな酒の香りが漂っていた。
恭弥は表情を変えず、わずかに眉を上げただけだった。
そして、この上なく優しい声で、この上なく残酷な言葉を口にした。
「栞、大学院の推薦資格は、まだ正式に決まってなかったよな?」
全身が硬直した。唇を開いては閉じたが、声は出なかった。
ほどなくして警備員が二人やって来て、左右から私の腕をつかんだ。
連れ出される間際、恭弥は甘えるように私の鼻先を軽くつついた。
「栞、いい子だから言うことを聞け。騒ぐな。大学に入った年から俺の女だったことは、みんな知ってる。俺のもとを離れて、ほかに行くあてがあるのか?」
第2話
マンションは32階にあり、床まで届く大きな窓から街の半分ほどを見渡せた。
冷蔵庫には私の好物がぎっしり詰められ、ウォークインクローゼットには季節ごとに分けられた服が並んでいた。
洗面台の歯ブラシまで、私がいつも使っていたメーカーのものだった。
スマホは取り上げられ、代わりに恭弥が用意した専用端末を持たされた。
私がどこで何をしているか、彼にはすべて分かるようになっていた。
力なくソファに座り込み、ようやく気づいた。
私は彼に飼われる籠の鳥になったのだ。
夜になると、宴席の酒の匂いをまとった恭弥が帰ってきた。
冷蔵庫の中身に手がつけられていないと知ると、瞳に心配そうな色が浮かんだ。
「栞、何も食べずに俺を脅すつもりか?」
私は顔を上げ、かすれた声で言った。
「ここから出して」
それを聞くと、彼は怒るどころか、小さく笑った。
私の前まで来てしゃがみ込み、その仕草だけなら優しいとさえ言えた。
「どこへ行くつもりだ。大学に戻るのか?狭い部屋で暮らして、毎日学食やコンビニで適当に食事を済ませる生活に戻るのか?」
私は答えなかった。
彼は手を伸ばし、顔にかかった髪を耳にかけた。
「どうした?まだ嫌なのか?」
その声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
「栞、俺のことは分かってるだろ。俺は滅多に二度目のチャンスはやらない」
目を閉じると、胸をわしづかみにされたような鈍い痛みがした。
返事をせず、逆に尋ねた。
「最初から、ずっと私を騙していたの?」
恭弥は一瞬目を見開き、やがてゆっくり眉をひそめた。
次に口を開いたとき、その顔には苛立ちが浮かんでいた。
「今さら聞いて、何になる?」
彼は私の隣に腰を下ろし、自分のグラスに酒を注ぐと、それ以上何も言わなかった。
記憶は、あの夏へと戻っていった。
彼は3か月かけて私を口説いた。
焦ることも、しつこく付きまとうことも、機嫌を取ろうとすることもなかった。
ただ毎日、私が図書館でいつも座る席の向かいに決まった時間に現れた。
飲み頃のカフェラテを一杯置くと、向かいに座って静かに本を読んだ。
ある日、たまらず尋ねた。
「神宮寺さん、いったい何が目的なの?」
ようやく狙いどおりになったとでもいうように顔を上げた彼の瞳は、きらきら輝いていた。
「決まってるだろ。お前だよ。それ以外に何がある?俺はこれまで、欲しいものは何でも手に入れてきた」
そこで言葉を切り、真剣すぎるほどまっすぐ私の目を見つめた。
「足りないのは、お前だけだ。白石栞さん」
あのときの私は信じた。そして、心を奪われた。
……
その夜、恭弥は私に触れなかったが、質問にも答えなかった。
翌日、真奈がやって来た。
白いクチナシの花束と、遠方から取り寄せた果物を持っていた。
「これ、恭弥がわざわざ産地から取り寄せたの。食べてみて」
私が受け取らなくても気にする様子はなく、果物ナイフを手に勝手に皮をむき始めた。
「栞、まだ慣れないなら、今までどおり何も知らないふりをして、昔みたいに私を『お姉さん』と呼べばいいのよ。そう呼んでいた頃のあなた、本当にかわいかったわ」
そう言うと、彼女は自分でおかしくなったらしく、小さく笑った。
私を見る目は、言うことを聞かないペットでも眺めるようだった。
胃の中のものがせり上がり、その場でえずいた。
そんな私を見て、真奈は少し表情を曇らせた。
「栞、そんな態度を取るなんて、もう少し大人になったら?」
そう言うなり、果物ナイフの刃先で自分の手のひらに浅い傷をつけた。
そしてすぐ、キッチンにいた恭弥の胸に泣きついた。
「恭弥、栞にナイフで切られた……」
恭弥は表情を変えず、こちらへ歩いてきた。
私が説明しようとすると、その前に口を挟んだ。
「分かってる。お前は純粋だから、こんな真似はできない。だが、言うことを聞かなかったのは事実だ。栞、真奈に謝れ」
第3話
私は呆然と立ち上がった。
胸の奥が押し潰されるように苦しく、まともに息もできなかった。
「恭弥、嫌だと言ったら?」
かすかな血の匂いが漂っていた。
恭弥は顔も上げず、煙草に火をつけた。
「栞、ずいぶん言うことを聞かなくなったな」
灰を落とすと、顔つきが険しくなり、苛立ちと怒りがにじんだ。
「俺が甘やかしすぎたせいで、自分と俺の立場の違いも忘れたのか?」
言い終わると、玄関の外から警備員が二人入ってきた。
二人はいきなり私の膝裏を強く蹴った。
痛みに耐えきれず、その場に膝をついた。涙が込み上げたが、必死にこらえた。
恭弥の言うとおりだった。
彼は神宮寺グループの社長で、決断は速く、手段にも容赦がなかった。名家の御曹司でさえ一目置く存在だった。
一方の私は、学費にも困る大学生にすぎなかった。
彼が一言命じれば、これまでの努力など簡単に踏みにじられてしまう立場だった。
交際を公表したばかりのころ、友人たちは皆、恭弥は冷酷で、本気で人を愛するような男ではないと忠告してくれた。
けれど、あのころの私は信じなかった。
彼は私を本当に大切にし、怖がらせまいと声を荒らげることすらなかったからだった。
そして今、警備員の平手が頬に飛んできて、ようやく分かった。
彼が欲しかったのは、夫婦で弄ぶための籠の鳥だったのだ。
「謝れば済む、栞」
恭弥は眉を寄せ、指に挟んだ煙草が燃え尽きかけていることにも気づいていなかった。
私は歯を食いしばって彼をにらみ、口を閉ざした。
数秒ほど静寂が続いたあと、再び平手が飛んできた。
今度の平手打ちは、体が横倒しになるほど強く、口元を床にぶつけて血がにじんだ。
さらにもう一度、また一度と続いた。
視界が暗くなり、痛みも次第に麻痺していった。
真奈が止めに入ったのは、それからだった。
「もういいわ、恭弥。あなたの心には私しかいないって、よく分かったから。それにしても、ずいぶんひどくやったのね。まだ若いんだし、聞き分けがないのも仕方ないわ」
彼女は腫れた私の頬を指先でつつき、面白そうに笑った。
「こんな顔になったら、かわいくないじゃない。恭弥、あとでちゃんと冷やしてあげてね」
真奈が帰ると、恭弥は私の前にしゃがみ込んだ。
濡らしたタオルで口元の血をそっと拭う。その手つきは慎重で、優しかった。
「痛いか?」
胸が詰まり、息をするのもつらかった。
返事はしなかったが、目尻から涙が伝った。
恭弥は長く息を吐いた。
「おとなしく謝って、自分の立場をわきまえろ。真奈の機嫌さえ直れば、何事もなく済む」
血を拭い終えると、指先が頬から首筋へ、ゆっくりと滑り落ちていった。
さらに胸元へ下り、ブラウスの一番上のボタンを外した。
体が反射的に震えた。
とっさにうつむき、彼の手の甲に思いきり歯を立てた。
歯の隙間から、たちまち血がにじんだ。
恭弥は低くうめいたが、手を引こうとはしなかった。
長い沈黙のあいだに、その顔はますます険しくなった。
次の瞬間、彼は私の頭を自分の胸に強く押しつけ、これまでにない冷たい声で命じた。
「栞、きれいに舐めろ」
屈辱が背筋を駆け上がった。
とっさに身を引こうとしたが、さらに強く押さえ込まれた。
もがいているうちに、彼は私のブラウスを乱暴に引き開けた。
窓は開いたままで、吹き込む冷たい風に体がこわばった。
「栞、これ以上逆らったら、どうなるか分かってるな」
彼が取り出したスマホの画面には、私の指導教員の電話番号が表示されていた。
その夜、私はもう抵抗できなかった。
涙で何度も視界がかすみ、やがて意識を失った。
すべてが終わったあと、バスルームの隅にうずくまり、長いあいだシャワーを浴び続けた。
彼はバスルームのドア枠にもたれ、煙草を吸いながら、何を考えているのか分からない目で私を見ていた。
「恭弥……大学へ帰りたい。お願いだから」
声は涙で震えていた。
煙の向こうにある彼の表情は、よく見えなかった。
長い沈黙の末、淡々とした声が返ってきた。
「いいだろう。ただし、後悔するなよ」
第4話
そのときの私は、彼が言った「後悔」の意味を知らなかった。
ようやく情けをかけ、私を本当に解放してくれたのだと思っていた。
だが大学へ戻ると、行き交う人たちが皆、嘲りと軽蔑の目を向けてきた。
そこで初めて、何かがおかしいと気づいた。
私のあられもない姿を写した写真が、大学の匿名掲示板に投稿され、瞬く間に拡散されていた。
頭が真っ白になり、目の前が大きく揺れた。
震える手では暗証番号を何度も間違え、なかなかスマホを開けなかった。
【衝撃!4年生のS、神宮寺グループ社長の秘密の愛人。学生生活の裏で長年囲われていた!】
投稿された写真にはぼかしが入っていたが、それでも私だと分かるものだった。
写っていたのは、昨夜、恭弥といたあのベッドだった。
あのとき彼がスマホで撮影していなかったことは確かだった。
だとすれば、部屋にカメラが仕掛けられていたとしか考えられなかった。
胃の中が激しく込み上げ、花壇の陰へ駆け込んで吐き続けた。
その間も多くの学生が通り過ぎ、写真を撮る者や動画を回す者、聞こえよがしに罵る者までいた。
「清楚そうな顔して、裏ではずいぶん派手に遊んでたんだな」
「一晩いくら?俺にも相手させてよ」
逃げるように寮へ戻ったときには、惨めなほど身なりが乱れ、服も何か所か破れていた。
ところがドアを開けると、仲のよかったルームメイトたちは荷物をまとめ、別の部屋へ移ろうとしていた。
私を見るなり距離を取り、よそよそしい顔をした。
「栞がそんなことする人だったなんて、思わなかった」
私は何度も首を振った。
「違う。私、不倫なんてしてない」
だが、誰も信じてくれなかった。
恭弥に婚約者がいたのに、3年も付き合って何も知らなかったはずがない。それが皆の言い分だった。
午後、学生課の担当者から電話がかかってきた。
品位を著しく損なう行為があったとして、大学院への推薦資格を取り消すという。
私は騙されたこと、自分こそ被害者であることを必死に説明した。
しかし担当者は、困り果てたようにため息をついただけだった。
「学内の研究棟2棟と設備は、神宮寺グループから寄贈されたものです。仮にあなたが被害者だとしても、大学にはどうすることもできません」
電話が切れ、ようやく恭弥の言葉の意味を理解した。
彼は私を屈服させようとしていた。
逆らい続ければどうなるか、思い知らせるつもりだったのだ。
がらんとした部屋には、私一人だけが残った。
嫌がらせのメッセージや電話は、ひっきりなしに届き続けた。
愛人、尻軽、恥知らず――目を背けたくなる言葉が、画面を埋め尽くした。
その夜は雨だった。
私は恭弥の屋敷の前に立ち、彼に電話をかけた。
呼び出し音が鳴る間もなくつながり、すべて予想していたかのような、見下ろす声が聞こえてきた。
「栞、自分が悪かったと分かったか?」
スマホを強く握り締めた。羞恥が無数の虫のように、全身を這い回った。
それでも口から出たのは、くぐもった一言だけだった。
「ごめんなさい」
受話口から、からかうような笑い声がした。
「栞、お前は賢くて、純粋だ。こうして謝るのも、その場をしのぐためだけだろ?」
息をのみ、拳を強く握った。
私が黙っていると、恭弥は得意げに鼻を鳴らした。
「やっぱり当たってたな。栞、この世でお前を一番分かってるのは俺だけだ。だから、罰はまだ終わってない。今度こそ、本当に自分が悪かったと分からせる。栞、俺を失望させるなよ」
電話は切れた。
雨の中で立ち尽くしていると、暗がりから大柄な男たちが現れた。
全身の血が凍り、心のどこかに残っていたわずかな望みも、音を立てて砕けた。
どうやって人気のない路地へ引きずり込まれたのかは覚えていなかった。
拳と平手が雨のように降り注ぎ、視界は赤くかすんだ。
意識が遠のくなか、男の一人が電話を取る姿が見えた。
「……何をしてもいいんですか?でも、何かあったら……はい、はい。分かりました!」
その電話を境に、状況が変わった。
ベルトを外す男、ズボンを脱ぐ男。
私の服を引き裂く者も、スカートを引きずり下ろそうとする者もいた。
必死にもがき、どうにかスマホを手にして110番にかけた。
だが、この端末は恭弥に持たされた専用機で、緊急通報まで制限されていた。
ほかに手段はなく、緊急連絡先に発信した。
電話はつながったが、出たのは真奈だった。
「栞、恭弥はお風呂に入ってるの。用があるなら、出てからにしてくれる?」
その瞬間、すべてを悟った。
この男たちが、誰の命令で動いているのか。
けれど、分かったところで何になるのだろう。
その後の20分間、私の世界には絶望しか残っていなかった。
バスルームから出てきた恭弥は、スマホに残った着信履歴を見つけた。
「さっき、栞から何の電話だった?」
真奈は脚を組んだまま答えた。
「知らない。あなたはお風呂だって言って切ったわ」
恭弥は眉をひそめ、その場でかけ直した。
呼び出し音は何度も鳴ったが、誰も出なかった。
彼は困ったように息を吐いた。
「まだ意地を張ってるのか」
だが次の瞬間、一件の速報が画面に表示された。
【女性が複数の男から性的暴行を受けたのち、川へ身を投げた可能性。警察が捜索中】