結婚式前日、私は新郎を別の男に替えた

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結婚式前日、私は新郎を別の男に替えた

GoodNovel 完結

結婚式を目前に控えたある日、ブライダルプランナーと会った。 「藤崎様、タキシードは新郎様の採寸に合わせてご用意しております。本当にサイズを変更してよろしいですか?」 私はうなずいた。 「はい。新郎が替わったので」 2日後には、私・藤崎琴葉(ふじさき ことは)と黒川遼(くろかわ りょう)の結婚式が予定されていた。 式場を決めたのも、招待状をデザインしたのも、ウェディングドレスとタキシードを選んだのも、すべて私一人だった。 遼にも一緒に考えてほしいと頼むたび、彼はうんざりしたように言った。 「知ってるだろ。俺、そういう演出とか好きじゃないんだ。そんな細かいことで、いちいち俺を呼ばないでくれ」 ところが昨日、彼のパソコンから、昔のプロポーズを撮影した動画を見つけた。 5時間に及ぶ映像のうち、4時間は遼が会場を念入りに飾りつける様子だった。 残りの1時間、彼は用意したすべてを興奮気味に相手へ見せて回り、最後にひざまずいて言った。 「美羽、俺と結婚してくれ」 美羽――相沢美羽(あいざわ みう)。 遼からは、幼い頃からの友人だと聞かされていた。 今では私の親友でもあり、結婚式ではブライズメイドを務めてもらうはずだった。 新しいサイズを伝え、運ばれていくタキシードを見送っていると、なぜか涙が止まらなくなった。 プランナーは驚き、慌ててティッシュを差し出した。 「藤崎様、どうなさいました?」 私は涙を拭った。 「何でもありません。式に間に合うよう、できるだけ早く直してください」

チャプター (1)

第1章

結婚式を目前に控えたある日、ブライダルプランナーと会った。 「藤崎様、タキシードは新郎様の採寸に合わせてご用意しております。本当にサイズを変更してよろしいですか?」 私はうなずいた。 「はい。新郎が替わったので」 2日後には、私・藤崎琴葉(ふじさき ことは)と黒川遼(くろかわ りょう)の結婚式が予定されていた。 式場を決めたのも、招待状をデザインしたのも、ウェディングドレスとタキシードを選んだのも、すべて私一人だった。 遼にも一緒に考えてほしいと頼むたび、彼はうんざりしたように言った。 「知ってるだろ。俺、そういう演出とか好きじゃないんだ。そんな細かいことで、いちいち俺を呼ばないでくれ」 ところが昨日、彼のパソコンから、昔のプロポーズを撮影した動画を見つけた。 5時間に及ぶ映像のうち、4時間は遼が会場を念入りに飾りつける様子だった。 残りの1時間、彼は用意したすべてを興奮気味に相手へ見せて回り、最後にひざまずいて言った。 「美羽、俺と結婚してくれ」 美羽――相沢美羽(あいざわ みう)。 遼からは、幼い頃からの友人だと聞かされていた。 今では私の親友でもあり、結婚式ではブライズメイドを務めてもらうはずだった。 新しいサイズを伝え、運ばれていくタキシードを見送っていると、なぜか涙が止まらなくなった。 プランナーは驚き、慌ててティッシュを差し出した。 「藤崎様、どうなさいました?」 私は涙を拭った。 「何でもありません。式に間に合うよう、できるだけ早く直してください」 第1話 ドレスショップを出た私は、遼と暮らしていた部屋へ戻った。 玄関を開けると、彼がしゃがみ込み、靴擦れ防止用のパッドを手慣れた様子でハイヒールのかかとに貼っていた。 淡いピンクの細いヒール。サイズは23.5センチだった。 23センチの私の靴ではない。 私の視線に気づいた遼は、靴を箱に戻してきちんと置くと、何でもないことのように言った。 「ブライズメイド用に美羽が買った靴、うちに届いたんだ。あいつ、新しい靴を履くとすぐ靴擦れするから、貼っておこうと思って」 「そう」 それだけ答え、靴を履き替えて部屋へ入った。 リビングへ行くと、ローテーブルの上にケーキが置いてあった。 「さっき店の前を通って、ケーキが食べたいって言ってたのを思い出したから買ってきた」 遼は歩み寄り、気を利かせたつもりなのか、ケーキを私の前へ押し出した。 「私、食べられない」 「え?」 「チョコレートアレルギーだから」 彼は一瞬固まった。 「悪い。忘れてた」 美羽が新しい靴で靴擦れすることは覚えているのに、私がチョコレートを食べられないことは忘れている。 何も言わない私を見て、遼は話題を変えた。 「今日の午後、どこに行ってたんだ?電話しても出なかっただろ」 「ドレスショップ」 「また何か問題でもあったのか?」 「違う。今のままじゃ合わないから、タキシードのサイズを直してもらったの」 遼は何の疑問も抱かなかった。 「俺は何でもいいよ。だいたい合ってれば」 「何でもいい」「だいたいでいい」——遼が私にいちばんよく口にする言葉だった。 招待状の文面を確認してほしいと言えば、「何でもいい」 プチギフトの箱を選んでほしいと言えば、「琴葉の好きなほうでいい」 式ではダブルとシングル、どちらのタキシードを着たいかと聞けば、「どれも同じだろ」 結局、相談に乗ってくれたのは美羽だった。 彼女はカタログを手に、笑顔で言った。 「遼はダブルが嫌いなの。老けて見えるって。シングルがいいよ。あの人にはそれがいちばん似合うから」 そのときの私は、遼をよく知る彼女なら準備を手伝ってもらえると、むしろ感謝していた。 今になって思えば、もうすぐ妻になる私が、夫の好みを別の女から教えてもらっていたのだ。 やがて遼の電話が鳴った。次に目を向けたときには、彼は23.5センチの靴を持って出ていくところだった。 どこへ行くのか、私は聞かなかった。 書斎へ入り、自分の荷物を片づけ始めた。 引き出しには、パスポートや契約書、数冊の本と、結婚式の進行表が入っていた。 びっしり書き込まれた進行表は、すべて私一人の筆跡で埋まっていた。 第2話 新郎の会場入り、両家への挨拶、ゲストの席順、ブライズメイドとグルームズマンの名簿…… 遼の名前が書かれているのは、たった一か所だけだった。 新郎――黒川遼。 私はしばらく見つめたあと、ペンでその名を消した。 そして隣に、別の名前を書き込んだ。 久世湊(くぜ みなと)。 ペン先が紙をなぞる音は、かすかだった。 けれど、その瞬間、不思議なほど心が静まった。 ふと、遼にプロポーズされた日のことを思い出した。 二人で家で食事をしていたとき、彼は指輪の箱を私の前へ押し出した。 「俺たちも、そろそろいい年だろ。結婚するか?」 長いこと呆然としたあと、私は尋ねた。 「それって、プロポーズ?」 彼は笑った。 「今さらそんなこと、気にする仲でもないだろ」 あのときの私は唇を結び、演出など大切ではないと自分に言い聞かせた。 遼はそういう人なのだ。情熱的でも、ロマンチックでもなく、愛を言葉にするのが苦手なだけ。 だから装花も、会場の飾りつけも、ドレスもタキシードも、私一人で選んだ。 昨日、彼が大切に保存していたあの動画を見るまでは。 5時間の映像のうち、4時間は遼が会場を丹念に飾りつける姿だった。 残りの1時間、彼は準備したすべてを美羽へ嬉しそうに披露し、ひざまずいて言った。 「美羽、これから言うこと、一晩中練習したんだ。指輪も3回作り直した。それでも、まだ足りない気がしてる。受け入れてくれるなら、俺は一生、お前だけのものになる。断られても、お前には幸せでいてほしい」 そこで初めて知った。 遼にも、これほど真剣に、不器用に、壊れ物を扱うように誰かを愛した過去があったのだ。 プロポーズの言葉を何度も練習し、指輪を3回も作り直すほどに。 断られる前から、相手が傷つかないよう逃げ道まで用意するほどに。 もともと冷淡な人だったわけでも、演出が嫌いだったわけでもない。 ただ、私をそこまで愛していなかっただけだ。 そのとき、スマホが震えた。 遼からのメッセージだった。 【琴葉、明日の夜、結婚前に仲間で食事しようって話になった。美羽も来る】 …… 翌日の夜、遼が迎えに来た。 助手席に乗ると、センターコンソールの収納にミントタブレットが入っているのが見えた。 私はミント味が苦手で、遼もそれを知っていた。 それでも、彼の車からこの菓子が切れたことはない。 美羽の好物だからだ。 食事会は、個室のあるレストランで開かれた。 私たちが着いたときには、店内はすでに賑わっていた。 遼の友人たちに囲まれていた美羽は、私たちを見るなり立ち上がった。 「琴葉、来たんだ」 笑顔で歩み寄り、親友らしく私の腕に自分の腕を絡めた。 遼は上着を椅子の背に掛けると、ごく自然に美羽の隣へ座った。 私は反対側の席についた。 一人が面白がるように声を上げた。 「花嫁が来たぞ。遼、早くお酒を注いでやれよ」 「うるせえ」 遼は笑いながら言い返した。 美羽はメニューを手に取ると、慣れた口調で店員に告げた。 「遼はパクチーが苦手なので、白身魚の料理はパクチー抜きでお願いします」 店員がうなずいた。 グラスを取ろうとした私の手が止まった。 遼がパクチーを食べられないと知ったのは、一緒に暮らし始めて半年後だった。 あの日、牛肉と野菜の炒め物にパクチーを入れたところ、彼は一口だけ食べて箸を置いた。 「口に合わない?」と聞いた私に、彼は「パクチーは食べない」と答えた。 けれど、美羽には尋ねる必要さえなかった。 私がぼんやりしているのに気づいた友人が、笑って取りなそうとした。 「琴葉さん、気にしないでください。美羽と遼は昔からの付き合いだから、このくらい覚えていて当然ですよ」 美羽は腰に手を当て、その友人の肩を軽く叩いた。 「余計に怪しく聞こえるから、やめてよ!琴葉、心配しないで。私が細かいことを覚えるのが得意なだけ。みんなの苦手なものだって覚えてるんだから」 第3話 部屋中に笑い声が広がった。 遼はグラスを持ったまま美羽を見ていたが、言葉は私へ向けた。 「美羽はいつもああいう言い方なんだ。気にするなよ」 「分かってる」 私がうなずくと、遼は一瞬意外そうな顔をしたあと、満足げに笑った。 酒が進むにつれ、場はますます盛り上がった。 酔った友人の一人が、遼の肩を叩いて笑った。 「遼も、とうとう結婚か」 別の一人が続けた。 「そうだよな。昔、美羽にプロポーズしたときなんて、今回の式よりずっと――」 言い終わらないうちに、部屋がしんと静まり返った。 遼はグラスを置き、目を険しくした。 口を滑らせた友人も酔いが半分醒めたようで、気まずそうに私を見た。 「琴葉さん、そういうつもりじゃ……」 皆の反応を見て、私はようやく悟った。 遼が美羽にプロポーズしたことは、彼の仲間も共通の友人も知っていた。 知らなかったのは、私だけだった。 私は席を立った。 遼も慌てて立ち上がり、声を潜めた。 「どこへ行く?」 「お手洗い」 そう答えて、個室を出た。 静かな化粧室へ入ると、美羽もあとからついてきた。 彼女の目は赤く潤んでいた。 「琴葉、ごめんね。プロポーズのこと、わざと隠してたわけじゃないの」 「じゃあ、どうして教えてくれなかったの?」 「誤解されたくなかったから。琴葉は私のいちばん大切な友達だもの。嫌なら、ブライズメイドは辞退する」 いかにも自分が身を引くような、聞こえのいい言葉だった。 けれど、私にはただ白々しく思えた。 遼から誰より盛大なプロポーズを受けたことを知りながら、私の結婚式でブライズメイドを務めようとしていたのだ。 そして事実が知られた途端、「嫌なら辞退する」と言う。 そこへ遼が入ってきた。 美羽が泣いているのを見るなり、彼は眉をひそめて私を見た。 「琴葉、俺と美羽のことはもう過去だ。いつまでも蒸し返すなよ」 「過去?大切に保存していたプロポーズの動画も?」 遼の顔色が一変した。 「俺のものを勝手に見たのか?」 急に、何もかもがどうでもよくなった。 この状況で、彼が真っ先にしたのは説明でも謝罪でもなく、私を責めることだった。 数秒黙り込んだあと、遼は眉間を揉んだ。 「こうなると思ったから、言わなかったんだ」 「こうなるって?」 「やきもちを焼いて、機嫌を悪くして、昔のことをいつまでも責め続ける」 彼は自分が正しいと信じ切った口調で続けた。 「美羽とは子どもの頃から一緒だった。それに、全部昔の話だ。今、俺が結婚するのは琴葉だ。それで十分だろ?」 私は彼を見つめながら、美羽にプロポーズしたときの言葉を思い出していた。 「受け入れてくれるなら、俺は一生、お前だけのものになる」 かつて美羽へ一生を捧げようとした人が、今の私には「結婚してやるのだから十分だろ」と迫っている。 私は小さくうなずいた。 「もう十分よ」 ようやく私が折れたと思ったのか、遼の表情が和らいだ。 「だったら、もう騒ぐな。明日は結婚式だぞ」 「そうね」 私は彼をまっすぐ見た。 「結婚式は予定どおり挙げるわ」 遼はほっと息をついた。 「それならいい。明日は時間どおり会場に行くから」 彼の後ろでは、美羽の頬にまだ涙が残っていた。 二人を見ずに背を向けると、スマホが鳴った。 LINEのいちばん上に固定してある相手からだった。 【タキシードを受け取ったよ。ぴったりだ】 その一文をしばらく見つめてから、私は返信した。 【明日、会いましょう】 第4話 結婚式当日の午前11時半。 メイクを終えた私は、カメラマンの指示に従って記念写真を撮っていた。 隣には、ブライズメイド用のドレスが掛かったままだった。 美羽は来ていなかった。 11時40分、遼のグルームズマンを務める佐伯拓海(さえき たくみ)が扉をノックして入ってきた。 どこか気まずそうな顔をしている。 「琴葉さん……」 「どうしたの?」 拓海は頭をかいた。 「美羽が今朝、胃の具合を悪くして……遼が病院へ連れていきました」 室内が静まり返った。 拓海は慌てて説明を加えた。 「でも、式が始まるまでには絶対に戻ると言ってました。間に合わせるって」 鏡の中の自分を見つめた。 隙のないメイクに、鮮やかな口紅。 「何時頃、病院へ?」 「たぶん……9時過ぎです」 9時過ぎ。 その頃には、私はもうメイクを始めていた。 新郎だって、とっくに支度を整え、会場へ向かっているはずの時間だった。 スマホが鳴った。遼からだった。 電話に出ると、受話口から彼の声が聞こえた。 「琴葉、美羽の具合が思ったより悪いんだ。病院へ送り届けたら、すぐ戻る」 「分かった」 あまりに平静な返事が意外だったのか、遼は一瞬黙った。 少しして、もう一度言った。 「式には遅れない。待っててくれ」 これまで何年も、私は彼に待たされてきた。 仕事が終わるのを待ち、時間ができるのを待ち、誕生日を埋め合わせてくれる日を待った。 そして、私と美羽の間で、一度だけでも私を選んでくれる日を待った。 結婚する日まで、私は待てと言われる。 けれど、もう待つ必要はなかった。 私は電話を切った。 そばにいた拓海が安堵の息をついた。 「琴葉さん、怒らないでやってください。遼だって仕方なかったんです。美羽を一人で病院に置いてくるわけにはいかないから」 私は彼を見た。 「もちろん、面倒を見てもいいのよ」 拓海が目を瞬いた。 「でも、私にも待たないという選択肢がある」 意味が分からなかったのか、彼は私が腹を立てているだけだと思ったようだった。 12時。新郎の到着予定時刻が迫っても、遼は戻らなかった。 焦り始めた拓海は、スマホを手に廊下を行ったり来たりしていた。 「遼、どうして電話に出ないんだよ」 もう一度かけても、応答はない。 拓海の顔が目に見えてこわばっていった。 部屋へ戻ると、無理に笑顔を作って言った。 「琴葉さん、あと10分だけ待ちませんか?遼もすぐ着くはずです」 私は答えなかった。 そのとき、外から賑やかな声が聞こえてきた。 廊下で誰かが叫んだ。 「新郎が到着しました!」 …… その頃、病院では何度も電話が鳴っていた。 遼は自分の手を握る美羽を見て、焦りをにじませた。 「美羽、大丈夫なら休んでろ。俺はもう行く。琴葉が待ってるんだ」 「遼!私、後悔してるって言ったらどうする?」 「何を?」 美羽は震える声で言った。 「あのとき、プロポーズを受けていたら……今日、あなたの隣に立っていたのは私だった?」 遼は動きを止め、あの夜を思い出した。 美羽は泣きながら、「ごめん。今はまだ結婚したくない」と言った。 その後、遼は琴葉と出会った。 穏やかで、感情が安定している彼女といると、何もかもうまくいく気がした。 このままずっと一緒にいられるとも思っていた。 ところが今、美羽は後悔していると言った。 遼は自分でも、どんな気持ちなのか分からなかった。 けれど次の瞬間、画面に表示された時刻が目に入った。 12時10分。会場入りの予定時刻は、もう過ぎている。 胸を強く突かれたように息が詰まった。 遼は慌てて美羽の手を振りほどき、「もうやめろ」と言い残して走り出した。 走りながら拓海へ電話をかけた。 「拓海、琴葉に伝えてくれ。今すぐ戻るって」 受話口の向こうは騒がしく、拓海の声はひどく震えていた。 「何言ってるんだよ、遼。琴葉さんなら、もう別の男と式を挙げてる!」

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