二度目の人生、兄と婚約者にさよならを

プロモーションを読み込み中...

二度目の人生、兄と婚約者にさよならを

GoodNovel 完結

前世、兄は外で囲っていた女に「流星群が見たい」とせがまれ、護衛を全員引き連れて郊外へ車を飛ばした。 たった一晩、流星群を見るためだけに。 その隙を突き、かつて兄に叩き潰された者たちが屋敷に押し入り、家族を皆殺しにしようとした。 母は必死に私を庇い、深手を負って生死の境をさまよった。 私は何度も兄に電話をかけた。声が枯れるほど、早く戻ってきてほしいと訴えた。 兄はようやく護衛を連れて引き返し、敵を捕らえた。 まさにその直後だった。思いもよらない報せが届いた。 あの女が遺書を残して姿を消した。生死さえわからない。 遺書には、私がわざと兄を連れ出したせいで、彼女が敵に囚われ、死に追いやられたと書かれていた。 兄は何も言わずその遺書を焼き捨て、「気にするな」とだけ言った。 その後、兄は非難を浴び、父は私を後継者にすると決めた。 けれど、ある祝宴が終わった夜――私は自室で、兄に殺された。 兄は氷のように冷えた目で、言い放った。 「お前みたいな性悪な女、とっくに死ぬべきだったんだよ。 死ぬべきなのはお前だ。後を継ぐのは俺だ」 私は無念のまま死んだ。 そのはずだった。 目を開けた瞬間、屋敷の外から、扉を叩き壊す音が響いた。

チャプター (1)

第1章

前世、兄は外で囲っていた女に「流星群が見たい」とせがまれ、護衛を全員引き連れて郊外へ車を飛ばした。 たった一晩、流星群を見るためだけに。 その隙を突き、かつて兄に叩き潰された者たちが屋敷に押し入り、家族を皆殺しにしようとした。 母は必死に私を庇い、深手を負って生死の境をさまよった。 私は何度も兄に電話をかけた。声が枯れるほど、早く戻ってきてほしいと訴えた。 兄はようやく護衛を連れて引き返し、敵を捕らえた。 まさにその直後だった。思いもよらない報せが届いた。 あの女が遺書を残して姿を消した。生死さえわからない。 遺書には、私がわざと兄を連れ出したせいで、彼女が敵に囚われ、死に追いやられたと書かれていた。 兄は何も言わずその遺書を焼き捨て、「気にするな」とだけ言った。 その後、兄は非難を浴び、父は私を後継者にすると決めた。 けれど、ある祝宴が終わった夜――私は自室で、兄に殺された。 兄は氷のように冷えた目で、言い放った。 「お前みたいな性悪な女、とっくに死ぬべきだったんだよ。 死ぬべきなのはお前だ。後を継ぐのは俺だ」 私は無念のまま死んだ。 そのはずだった。 目を開けた瞬間、屋敷の外から、扉を叩き壊す音が響いた。 第1話 屋敷の頑丈な鉄門が打ち破られる轟音に、はっと我に返った。 慌てて外へ飛び出そうとする母を自室へ引っ張り込む。 鍵をかけ、息を切らしながら、母と二人で重厚なクローゼットを扉の前まで押しやった。 「枝里(えり)、何してるの?家には護衛がいるでしょう。何をそんなに怯えているの?」 母は戸惑いながら私を見つめる。けれど、その目にはもう怯えが浮かんでいる。 母はまだ知らない。兄が愛してやまない水野菫(みずの すみれ)のために、護衛を全員連れて行ってしまったことを。 「お母さん、兄さんは護衛を全員連れて行ったの。今、この家には私たち二人しかいないのよ!」 私は歯を食いしばり、力の限りクローゼットを押した。クローゼットは耳障りな音を立てながら、床に深い傷を刻んでいく。 母は言葉を失った。兄が、そんな無謀なことをするはずがないと思っているだろう。 藤原家が並の家ではないことくらい、兄だってよく分かっている。 護衛を全員外すなど、本来ありえないのだ。 それでも、私の青ざめた顔を見て、母は信じるしかなかった。 「早く!颯太に電話して、すぐに帰ってくるように言って!」 母は震える声で急かした。 私は何も言わず、クローゼットの向こうをじっと見つめたまま、震える指で警察に電話をかけた。 状況と住所を手短に伝えた。 最初から兄――藤原颯太(ふじわら そうた)に頼るつもりはない。 前世では、兄の帰りが遅すぎた。母は適切な手当ても受けられず、そのまま二度と目を覚まさなかった。 電話を切ると、胸の奥に嫌な不安が広がっていく。 ここ数日、大雪のせいで道は閉ざされている。この屋敷は山の中腹にあり、最寄りの警察署も遠い。 警察が来るまでに何が起こるか。想像しただけで、背筋が凍った。 ドンッ! 激しい衝撃とともに、扉が大きく震えた。私は反射的にクローゼットへ身を押しつけ、全体重をかけた。 波のような恐怖が押し寄せてくる。ちょうどその時、母がかけていた電話に、ようやく兄が出た。 「颯太、早く帰ってきなさい!家に……誰かが押し入ってきたのよ!」 母の声は半ば泣き声だった。 スマホの向こうから、兄の苛立った声が返ってきた。 「母さん、いい加減にしてくれ。今、菫の誕生日を祝ってるんだ。明日になったら帰る」 「嘘なんかじゃない!本当なのよ!早く帰ってきて!このままじゃ、私たち殺される!」 母はほとんど叫ぶように訴えた。兄の声はさらに冷たくなる。 「母さんが菫を気に入らないのは分かってる。だからって、嘘までついて俺を呼び戻そうとするのはやめてくれ」 第2話 「それと、枝里に伝えておけ。あの小賢しい芝居はもう通用しない。俺は二度と騙されない」 その言葉を聞いた瞬間、私の心は底まで冷え切った。 どうやら、兄も前世の記憶を持っているらしい。だったら、どうしてあれを私の芝居だと思うの? 兄だって、あの暴徒たちが私と母に何をしたのか、知らないはずがないのに。 それなのに、今の兄はあまりにも冷たい。どうして? たった一言、「枝里がわざと仕込んだ」と菫に言われただけで、ここまで変わってしまうの? 足音が少しずつ近づいてくる。重く、ゆっくりと。やがて、その気配が扉のすぐ外で立ち止まった。 次の瞬間、扉がさらに激しく叩きつけられた。クローゼットを引きずる鋭い音が響いた。 私たちはただ、その防壁が崩されていくのを見ているしかなかった。 バキッ! クローゼットの板が力任せに叩き割られ、目の前に大きな隙間がぽっかりと開いた。 隙間の向こうから、低く嗤う声が漏れた。 「やっぱり、ここにいたか」 私は母を庇いながら、一歩ずつベッドの方へ下がる。 扉の隙間から差し込む光が、じわじわと広がっていく。武器になるものが何ひとつもないと気づき、額にじわりと汗が浮かんでくる。 そして、扉が乱暴にこじ開けられた。クローゼットが引きずられ、悲鳴のような甲高い音が響いた。 汚れたブーツが、一歩、踏み込んできた。 「扉を塞げば逃げられると思ったか?俺は長引くのは嫌いなんだよ」 男は口を歪め、ぎらついた目で部屋の中を見回した。 私はその場に凍りついた。 薄汚れた手に握られたナイフが、鈍く冷たい光を放っている。 男の視線が、私を舐め回すように這う。蛇に絡みつかれたような悪寒が、背筋を走る。 「へえ、なかなかの上玉じゃねえか。その顔、たまんねえな」 母が喉を裂くような悲鳴を上げた。 「この子に手を出すな!」 私は歯を食いしばり、込み上げる絶望を必死に押し殺しながら、母に小声で言った。 「お母さん、この後何が起きても、絶対に近づかないで」 母の肩を強く掴み、早口で指示を飛ばす。 「後ろに下がって、窓の下にトランポリンがあるから、飛び降りても大丈夫。 そのまま隣の一条家に走って。修司に知らせて、誰か呼んできて」 ナイフを振りかざした男が、少しずつ迫ってくる。もう時間がない。 前世では、こいつらに散々苦しめられた。だから今世こそ、何があっても母だけは守り抜く。 「枝里を置いていけるわけないでしょ!」 私は母の手をぐっと握りしめる。 「いいから聞いて。お母さんが生きていてくれれば、私にはまだ望みはあるの」 その時、男がついに揺れるクローゼットを押しのけ、こちらに突っ込んできた。 「お母さん、早く!」 私は声を押し殺して呼びかけた。 しかし、母は突然、私をかばうように男の前に立ちはだかり、必死に食い止めようとした。 「枝里!飛びなさい!早く!お母さんが絶対に守ってあげるから!」 その声は嗚咽に掠れていた。それでも、私を逃がそうとする意志だけは、はっきりと伝わってきた。 「お母さん!!」 私は絶叫した。 男が手を振り上げた――次の瞬間、鈍い音と共に、ナイフが母の背中に突き刺さった。 鮮やかな赤が弾けるように視界を染め上げ、私の理性を吹き飛ばした。 母は息も絶え絶えに、それでも男の脚にしがみつき、必死の力でその動きを止めようと叫んだ。 「飛びなさい!枝里!迷ってる暇じゃない!」 全身の血が凍りついたようだった。それでも、生き延びようとする本能が、体を勝手に動かす。 正面からじゃ勝てない。私は窓辺に駆け寄り、迷わず飛び降りた。 着地と同時にトランポリンが大きくたわみ、その反動で足首に走った鋭い痛みが、ふくらはぎまで一気に駆け上がった。 第3話 もう、ぐずぐずしてはいられない。歯を食いしばってよろよろと立ち上がり、全力で隣の一条家へ駆け出した。 雪にまみれた傷だらけの足は、走るたびに擦り切れて血がにじむ。それでも構わず、ただひたすら走り続けた。 隣といっても、実際には1キロ近く離れている。 冷たい空気が喉を刺す。痛い。苦しい。けれど、それでも走るしかない。 家に押し入ってきたのが一人だけじゃないことを、私が誰よりもよく知っている。 ようやく一条家の鉄門にたどり着くと、私は門にすがりつきながら、何度も叩いた。 「修司!開けて!お願い!侵入者が入ったの!母を助けて!」 枯れた声を振り絞って叫ぶと、やがて鉄門がゆっくり開いた。 そこに立っていたのは、眉をひそめた一条修司(いちじょう しゅうじ)だ。 暖かそうなカシミヤのコートに身を包んでいるのに、その顔にはひとかけらの温もりもない。 雪の上に崩れ落ちた私を見下ろし、彼はゆっくりと口を開いた。 「枝里、最近ますます芝居が上手くなったな」 その口調は、面白がっているようにも、嘲っているようにも聞こえた。 血の気が引いていく。頭がくらくらする。 「修司、冗談じゃないの!母が危ないの! お願い、すぐに護衛を向かわせて!」 彼は傷だらけの私を頭の先からつま先まで眺め、それから感心したように言った。 「お兄さんが言ってたよ。枝里が菫に嫉妬して、強盗騒ぎまででっち上げるだろうってね。なるほど、その通りだ」 私は慌てて首を振った。 「そんなことしてない!本当なの!兄の言うことなんて信じないで! もう警察には通報したの。でも、まだ来ないの。お願い…母が刺されたの。もう長くは持たないよ!」 あの侵入者たちがこのあと、母に怒りをぶつけるかもしれない。そんな不安が胸をよぎった。 前世では、なりふり構わず抵抗した私たちは、二人とも満身創痍になるまで痛めつけられた。 私は深手を負い、母は意識を取り戻すことなく、二度と目を覚まさなかった。 だから、今度こそ母をあんな結末にさせるわけにはいかない。 私はスマホを取り出し、警察に通報した履歴を修司に突きつけた。だが、彼はそれを見ても、眉ひとつ動かさなかった。 「へえ……随分と手が込んでるじゃないか。本当に警察にまで通報したのか。 自作自演にしては大したものだ。そこまで必死に芝居を打つなんて、逆に感心するよ」 「修司、本気で言ってるの!?本当なんだってば!」 怒りと悔しさで目を見開いた。涙で視界が滲んだ。それでも必死に彼を見上げる。 けれど、私の叫びが彼の心を動かすことはなかった。 修司がそのまま立ち去ろうとしたのを、私は咄嗟に腕をつかんで引き止めた。 「お願い!母が危ないの!このままじゃ死んじゃう……!」 彼はゆっくりと振り返り、立ち尽くす私を見下ろした。 「お兄さんから言われてるんだ。君の好き勝手に付き合う必要はないってな」 その言葉は、刃物みたいに鋭く私の胸に突き刺さった。 菫が現れる前まで、修司はこんな人じゃなかった。 幼なじみとしてずっとそばにいて、いつだって私を気にかけてくれていた。 婚約してからは、なおさらだった。まるで私だけを大事にしてくれているみたいだった。 なのに。 菫が現れてから、すべてが狂ってしまった。 修司は日を追うごとに私に冷たくなり、兄までもが私を遠ざけるようになった。 そして、あの女に取り入るために、兄は愚かとしか言いようのないことばかり繰り返した。 たまたま社名が菫の愛犬と同じだという、それだけの理由で、彼は罪のない会社を踏みにじった。 その身勝手な行いが、今回の禍となって藤原家に降りかかったのだ。 私は雪の上に膝をつき、縋るように何度も懇願した。 「修司、お願い……!今すぐうちに来て……!お願いだから……!」 それでも彼が動かないのを見て、私は唇を噛みしめ、なおも叫んだ。 「婚約だって解消していい!だからお願い、母を助けて!」 もう、ほとんど絶望していた。 それでも、心の中で何度も何度も祈るしかなかった。 修司に、まだほんの少しでも優しさが残っているようにと。 どうか、昔の情けを思い出して母を助けてくれるようにと。 第4話 そばに立っていた執事の佐伯さんは、私が物心つく頃から知っている人だ。さすがにこの状況を見過ごせなかったのだろう。 「若様、一度、ご自身の目でお確かめになってはいかがでしょうか。枝里お嬢様が、そのような嘘をつかれる方ではございません」 修司はすぐには答えなかった。私はその沈黙が怖くて、何度も何度も頭を下げた。 冷たい地面に額を打ちつけるたび、鈍い痛みが走る。それでもやめられない。 「お願い……母を、助けて……!」 ようやく修司が口を開いた。声はどこまでも冷え切っている。 「人を連れて行く。だが、枝里――もしこれが君の自作自演だったら、ただでは済まさない」 私ははっと顔を上げた。 疑われていてもいい。責められてもいい。今は、来てくれるならそれでいいんだ。 修司が護衛たちに指示を出そうとした。そのときだった。修司のポケットの中でスマホが鳴った。 修司は私を一瞥すると、何も言わずに通話をスピーカーへ切り替えた。 流れてきたのは兄の声だ。どこか気の抜けた調子で、ぞっとするほど冷たかった。 「枝里がそっちに行ってないか?構うなよ。さっき母のスマホから『殺してやる』なんて電話がかかってきてな。まったく、笑える話だ」 全身の血が引いた。 かつて、私を一生守ると言ってくれた兄が、こんな声を出すなんて思わなかった。 あの女のために、母のことも、私の言葉も、もう何ひとつ信じようとしない。 怒りと恐怖がいっぺんに込み上げ、私は震える声で叫んだ。 「兄さん、本気で言ってるの!?母と私がどんな目に遭ったか、その目で見たはずでしょ!私たちが死んでからじゃないと信じないの!?」 兄は鼻で笑った。 「見たさ。だからこそ分かる。全部、お前の芝居だ。 家政婦にも確認した。家には何の異常もない。 家族の気を引きたいがために、こんな大騒ぎまででっち上げたんだろう? お前は昔からそうだ。欲しいものを手に入れるためなら、どんな真似でもする女だ。 たとえ母さんに何かあっても、それは全部お前のせいだ」 頭の中が真っ白になった。 家政婦の田中さんは一週間前から休暇で故郷に帰っている。今、家で何が起きているかなんて、知っているはずがない。 反論しようとした矢先、電話の向こうから無機質な発信音だけが響いた。 修司の目が、すっと冷えた。彼は嫌悪のこもった目で私を睨みつけた。 「やっぱり嘘だったか。お前ら、痛い目を見せてやれ」 護衛たちが私を取り押さえようと近づいたが、私は脚を刺すような痛みに耐えながら叫んだ。 「やめなさい!父が戻ったら、ただじゃ済まないから!」 その言葉に、護衛たちは顔を見合わせて足を止めた。 修司は鼻で笑うと、手近にあったバットを掴み、私の目の前まで歩み寄ってきた。 私を見下ろすその目には、軽蔑と嫌悪が滲んでいる。 「あいつらが手を出せないなら、僕がやろう」 私は呆然と彼を見上げた。かつての優しい日々は、ただの夢だったんだろうか。 バットを手にした修司が目の前に立っている。その現実が、どうしても信じられなかった。 思わず後ずさった瞬間、修司の蹴りが私の腹に突き刺さった。 息が詰まる。うずくまることすらできないまま、彼は傷ついた左脚にバットを振り下ろした。 「きゃ……っ!」 悲鳴が漏れ、激痛に意識が遠のいた。 それでも彼は、ただ冷えきった目で私を見下ろしている。 「これが、僕を騙した代償だ」 その時、不意に私のスマホが鳴った。 修司は嘲るように口元を歪めると、落ちたスマホを拾い上げた。 「今度は誰かな。聞かせてもらおう」 「星ヶ峰警察署の高木です。先ほど110番通報のあった件でご連絡しました。 ただいま現場に到着し対応に当たりましたが、犯人とみられる者は現場から逃走しました。お母様が重傷を負っており、これから病院へ搬送されます」

More GoodNovel Novels